「ChatGPTを使えば、ライターなんていらないんじゃない?」 「AIに指示さえ出せば、誰でもプロ並みの文章が書ける時代だ」
ここ最近、そんな声があちこちから聞こえてきます。 確かに、生成AIの進化は凄まじい。一瞬で数千文字を書き上げるスピードには、私たちプロも舌を巻きます。
しかし、現役のライターとして、あえて厳しい現実を申し上げます。
「AIを使ったからといって、文章が下手な人が上手くなることはありません」
二流のライターがAIを使っても、出来上がるのは「二流の文章」です。 三流は三流のまま。素人は素人の域を出ません。
なぜなら、AIは「魔法の杖」ではなく、単なる「加速装置」に過ぎないからです。
0にどんな数字を掛けても、答えは0である
「AIは加速装置である」。これが私の結論です。
たとえば、文章力という「基礎体力」が100あるプロがAIを使えば、その生産性は200にも500にも跳ね上がります。これは素晴らしいことです。
しかし、基礎体力が「0」の人がAIという加速装置を使ったらどうなるか?
「0 × 100 = 0」です。
AIが出してきた文章が良いのか悪いのか、どこを直せば人の心に響くのか。その「良し悪し」を判断する審美眼と、修正するリライト力(文章力)がない限り、出てくるアウトプットは「それっぽいけれど、中身のない言葉の羅列」でしかありません。
F1マシンは、プロのレーサーが乗るから最速で走れるのであって、免許取り立ての人が乗っても、そもそも発進すらできないか、壁に激突して終わります。それと同じです。
無自覚に「嘘」をばら撒く恐ろしさ
土台となる文章力や基礎知識がない人がAIを使うと、この決定的な欠如に気づけません。 結果として、金太郎飴のように画一的で、「きれいだけど、誰の心にも刺さらない」薄っぺらい文章が量産されることになります。
しかし、薄っぺらいだけならまだ「退屈」で済みますが、もっと恐ろしいのはここからです。
AIは、平然と嘘をつきます。これは「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる、生成AI特有の現象です。 基礎となる知識や情報の裏取りをする技術がないと、AIが書いた「もっともらしい嘘」を自身で見抜くことができず、間違った情報のまま世に発信してしまうのです。
それはもはや、文章のクオリティ云々の話ではありません。 自社やクライアントのブランドを傷つけ、顧客からの信用を失う「加害者」になってしまうリスクがあるということです。
結局、最後は個人の力量がすべて
AI時代だからこそ、ライターの価値は二極化します。
AIに指示を出して終わりにする「オペレーター」のようなライターは、淘汰されていくでしょう。 一方で、AIが出してきた80点の原稿を叩き台にし、そこへ独自の視点や取材で得た熱量を注ぎ込んで、120点のクリエイティブに昇華できるライターは、より重宝されるはずです。
道具が変わっても、本質は変わりません。
- 誰に、何を伝えたいのか。
- その言葉は、本当に相手の心を動かすのか。
- その構成で、論理は通っているのか。
この「思考の土台」があって初めて、AIは強力な武器になります。 iworksが提供するのは、単なる「文字の納品」ではありません。プロとしての思考と技術に裏打ちされた、「血の通った言葉」です。
「加速装置」を制御するのは、いつだって「人の手」だ
「AIを使えば安く済む」と安易に考えて、自社やクライアントのブランドメッセージを薄っぺらいものにしていませんか?あるいは、無自覚にハルシネーション(誤情報)を拡散していませんか?
AIはあくまでツールです。 それを使いこなす「乗り手」の力量がなければ、人の心を動かすことはおろか、信頼を守ることさえできません。
iworksは、AIという加速装置を使いこなしつつも、最後は「人の手」と「プロの目」で仕上げることにこだわり続けます。 それが、言葉を扱うプロとしての責任だからです。
