【クリエイター インタビュー vol.3】言葉の置き換えではない、生きた翻訳を目指して/翻訳家 田中 智美

iworksでは、さまざまな業種・業態のクライアントのビジネスや情報発信をサポートしています。グローバル化の流れが加速する現在、自社のWEBサイトや紙媒体を翻訳したいというご相談も増えています。クリエイティブの分野でも、価値判断が難しいのが翻訳の仕事。翻訳のクオリティを、何を基準に判断したらいいのか、迷われている方も多いのでは? 

今回ご紹介する田中智美は、英語とスペイン語を専門とする翻訳家・英文ライター。幅広い分野の企業、教育機関、公的機関などの翻訳案件の実績を持っています。これまで手掛けた仕事にまつわるエピソードについて、また、AIや自動翻訳が増加する現在、翻訳の価値をどう判断すればいいのか、専門家ならではの意見を聞きました。

目次

研究職的なプロセスに魅力を感じて翻訳家に

―翻訳家になったきっかけは?

私はいわゆる帰国子女で、南米のベネズエラで小学生時代を過ごし、高校時代はアメリカに留学しました。ベネズエラのインターナショナルスクールでは、授業は英語、公用語はスペイン語、家庭では日本語…と、子どもながらに複数の言語を使いこなすことが必要でした。その中で、言葉を訳すこと、異文化間でコミュニケーションをとることの面白さを学んだのです。

本を読むことが大好きだったので、高校生の頃には翻訳家になりたいという気持ちが芽生え、通信講座で翻訳を学び始めました。大学では国際関係学科で異文化間コミュニケーションを専攻。卒業後は一般企業に就職し、マニュアルなどの多言語展開業務を担当。また、大学院で翻訳理論を研究しました。2005年よりフリーランスの翻訳家として活動しています。

―翻訳の仕事を主にしているのはなぜですか?

通訳にも興味はありました。通訳の仕事は、会話やスピーチが進む中、その内容を速やかにかつ正確に訳して伝えることが求められます。ちょっとスポーツのような感じでしょうか。

一方翻訳は、一つの言葉や表現を探り当てるために沢山の資料を調べて、コツコツと文章を組み立てていく。そういった研究職的なプロセスにより興味を引かれたこともあり、翻訳の仕事を主に手掛けるようになりました。

―翻訳歴は20年。どんな仕事をしてきたのですか?

書籍の翻訳では、「遊びスイッチオン!」(スチュアート・ブラウン)や「日本瞥見記」(ラフカディオ・ハーン)の和訳、「方丈記」(鴨長明)の英訳など。スペイン語からの和訳では、絵本翻訳コンテストで3位を受賞したこともあります。

クライアント案件では、独立行政法人や学術研究機関、一般企業など。パンフレットや研究論文、マニュアルなど、さまざまな分野の翻訳を手掛けています。

もともと本が好きで翻訳の世界を目指したわけですから、やはり書籍の仕事は好きですね。1冊の本を訳すのに、半年以上かかりますし、相当なエネルギーが必要です。一方、クライアント案件は、「いかに伝えるか」が課題となります。その部分も自分なりに研鑽を積んできたので、こだわりつつスピーディーに仕事をこなしています。

二極化する翻訳業界でこだわりをもって仕事を

―翻訳の仕事の難しさについて教えてください。

海外に行った時に、ぎこちない日本語のメッセージや説明文を見たことはありませんか?伝えたいことはわからなくはないけれど、ちょっとニュアンスがちがう、どこかおかしい…。英語翻訳でも同じようなことが起こりうるのです。実際、自動翻訳などでは、そのような訳文が表示されることもしばしばです。

グローバル化の時代を迎え、多言語展開は多くの企業、組織にとって必須の課題となりました。翻訳の依頼もかなり増えていますが、その内容は二極化している気がします。一つは、日本語を外国語にシンプルに置き換えたもの。もう一つは、単語や表現のニュアンスなども踏まえて、あらためて日本語の文章を外国文の構造に組み立てなおすというもの。

効率性と正確さを重視して、一語一語照らし合わせ、さらにチェッカーに照会してもらう方法もあります。その場合、間違いは少ないかもしれませんが、わかりづらい、ぎこちない訳文になってしまう怖れもあります。正確であることは大切ですが、その上でわかりやすい、伝わりやすい翻訳文として仕上げることを私は重視しています。

―発注側はその点を見極める必要がありますね。

そうだと思います。企業の翻訳案件といっても、スタッフ向けのマニュアルなのか、顧客向けのメッセージなのかで、文体や使用する単語は変わってきます。実際、日本語の文章はそうやって書かれていますよね?翻訳も同じことです。

その文章にふさわしいスタイル、適切な用語を選ばないと、マニュアルの機能を果たさなかったり、顧客に対して失礼なメッセージを届けてしまったりということもあります。そういった点は、依頼する際に確認した方がいいと思います。

―専門分野の案件を翻訳する際は、その分野の勉強もするのですか?

専門分野であっても、マニュアルなどの場合は、だれが読んでもわかるように訳す必要があります。そこまでの文章に仕上げるためには、日本語と英語両方において、より深い知識や広い見識が求められます。自分に知識が不足している場合はその都度調べて、学んでいく。

やろうと思ったらきりがありませんが、最終的により読みやすい文章を目指しています。そのためには、時間が許す限り、発信者に寄り添って、その方の伝えたいことを表現できるように、できるだけていねいに仕事をしています。

「ありがとう」の言葉にやりがいを感じる

―翻訳の仕事の流れについて教えてください。

案件によってそれぞれですが、原稿をいただいて訳すというパターンが多いですね。でもできれば、クライアント様とチームを組んで仕事ができれば理想的だと思います。原稿だけでなく、案件全体の背景や構造、伝えたい思いやコンセプトなども教えてもらえると、より「生きた翻訳」をすることが可能となります。翻訳家って、どうしても外人か先生扱いされてしまうんですが、チームの中に組み込んでもらうと、コミュニケーションをとりながら、よりよいものづくりができると思います。

―翻訳の仕事をやっていてよかったと思うことは?

苦労して訳した文章に対して「ありがとう」と言ってもらえた時、この仕事のやりがいを感じますね。

以前、江戸時代の文化に関する文章を英訳する仕事をしたのですが、私自身日本の伝統文化にはこだわりがあるので、いろいろと調べて臨みました。たとえば一言で江戸文化といっても、江戸時代の前期は上方を中心に栄えた華麗な元禄文化、後期は町人の間で流行した享楽的な化政文化という変遷があります。そうした時代背景の視点を加えると、より立体的に捉えることができますよね。限られた文字量の中に、できるだけそういった知識や情報を盛り込んで仕上げました。納品後、クライアント様から「感動しました!」というお言葉をいただき、とてもうれしかったです。

知識や言葉をアップデートする努力を続けたい

―翻訳家としての田中さんの強みとは?

子どもの頃から、異文化コミュニケーションを肌で経験したこともあって、日本人・外国人、両方の視点で物を見られるということでしょうか。インターナショナルスクールでは、さまざまな国の同級生の前で、自国の魅力や文化をプレゼンする機会も多々ありました。それは「日本らしさってなんだろう?」と日本人のアイデンティティを考えることにつながりました。

そのせいか、外国人から見て理解できるかどうかが直感的にわかるのです。これは机上の勉強では身につかないことかな…と思います。あとは、「本当に伝わっているかな?」と常に考えていますね。言葉は生きものなので、時代と共に変わりますし、世代的なギャップもあります。その媒体の読者が読んで、違和感なく伝わるようにと心がけています。

―iworksのでのお仕事について教えてください。

人工肛門・人工膀胱に関する啓蒙を目的としたWebサイトの英訳のお仕事の依頼を請けました。既存の日本語サイトより翻訳箇所を抽出して、対訳という形で翻訳して英語版サイトをつくるというものです。医療的な内容なので正確に、かつわかりやすく親しみを感じていただけるように配慮しました。Web制作会社で英文をサイトに入れ込んだのち、校正や調整、イラストとのバランス確認なども行ないました。

翻訳作業は制作とは切り離して行うことが多い中、制作の一員として参画。クライアント様の思いが伝わるように、完成形に持っていくところまで責任をもって関われたので、とてもやりがいのあるお仕事でした。英語版サイト公開後、制作会社、エンドクライアントともにご満足いただき、特に制作会社のご担当者様からは「次回も同様の翻訳案件があった場合は、引き続き田中さんに依頼したい」という、うれしいお言葉をいただきました。

―これからの抱負について教えてください。

企業規模や業種を問わず、国内外に向けて同時に情報発信をする企業や組織は増加しています。そのため、紙媒体、WEBサイトなど、年々、翻訳案件の仕事は増えているように感じます。AIや自動翻訳が増加する中、それを上回る「価値ある翻訳」が注目されているようです。

専門家の翻訳技術や知識量が差別化され、生きた言葉を使えるかどうかという点に価値を感じているクライアントも増えていると思います。翻訳のプロフェッショナルとして、そういった部分をブラッシュアップすると共に、知識や言葉をアップデートする努力も怠りなく続けていきたいと思います。

翻訳家・英文ライター 田中智美 Tomomi Tanaka

翻訳歴20年。翻訳修士(Master of Science inTranslation)、翻訳プロジェクト・マネージャー(日本翻訳協会)、英検1級、TOEIC980点、通訳ガイドの資格を所持。

着物や美術など、日本の伝統文化に造詣が深く、能楽鑑賞は十数年に及ぶ。最近は、趣味と実益を兼ねて、外国の料理を作っている。外国人がSNSで紹介しているレシピを翻訳し、イベントや料理教室で披露することも。

兵庫県神戸市在住。

撮影地:結水荘

よかったらシェアしてね!
目次
閉じる